「ヒャクキン」と言う言葉を耳にした。
同時に頭の中で「百禁」と漢字変換された。
そして、クエスチョンマークが追加された。
「百禁?」
若干の処理時間の後、オレの脳は過去の日本語データバンクから語句の意味を次のように割り出した。
「エロティック、もしくはバイオレンスチックなので、百歳以下の人は見てはいけません。」
いや、実に興奮した。
あまりの衝撃に、眩暈がした。そんなすごいものが、この世に存在したとは。
一体、どんな代物なんだろう。百歳に達していない若造には、刺激が強すぎるものなのか、それとも、あまりに奥が深いので、百年ぐらいは人生観、洞察力、感性などを磨かないと理解できないものなのだろうか。
いや、邪推はよそう。三歳の子供が、アンキモのおいしさを理解できないように、「百禁」はまだオレたちには早すぎるのだ。来るべき時が来なければ理解できない、そういう種類のものが、この世には存在するのだ。
長生きはするものである。
生きる希望が湧いてきた。
どうせ、オレたちの時代には年金なんて貰えないし、地球だってボロボロだし、ダイオキシンやら環境ホルモンやら食品添加物に汚染されて、ろくな老後が待っているとは思っていなかった。
「百禁」は、先の見えなかったオレたちの未来に光をもたらした。
「百禁」は、夢と希望でオレたちを導いてくれる。
生きることとは、希望を失わないことである。なんだか、気分が高揚してきた。とても晴れがましい気持ちになってきた。両手を広げて天を仰ぎ風を体中で受けて、今生きている命を確信している、そんな感じだ。
「百禁」バンザイ。
「百禁」最高。
ああ、誰かつっこんでオレを止めてくれ。
むやみに言葉を略すな。バカヤロー。
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