武勇伝。
2003/09/23

 
 武勇伝。まぁ、誰にでもありますわナ、過去の栄光、昔輝いていた自分。
 たいていの場合、胡散臭くて、誇大表現が満載で、眉唾な話が多い。そして当人にとっては、ものすごい話のつもりでも、他人が聞けばどうでもよく、くだらなかったりする。

 「こう見えても、昔はワルだったんだぜ。」
 はいはい。

 「昔はブイブイ言わしていたものさ。」
 ブイブイって何だよ。言わすって、誰を。

 「昔は女を泣かせたものさ。」
 はぁ。

 「今まで一度も医者にかかったことがない。」
 ふーん。

 しかし、武勇伝の極めつけは、何と言ってもこれだ。

 「熊と素手で戦ったことがある。」

 山で芝刈りしてたら、熊とヒョッコリ出くわしちまってョ。
 こっちもびっくりしたけど、熊もびっくりしてョ。
 お互いに凍りついたまま、目をパチパチって感じよ。

 熊に出会ったら死んだフリ、なんて、ありゃムリ。
 そんなことしたら、やられちまうって。
 走って逃げたって、木に登ったってダメさ。
 あいつらときたら、無茶無茶足が速いのよ。木登りだって得意ときたもんだ。
 どうする、どうするって、必死に考えたけど、考えたっていい知恵が出るもんじゃない。

 そうこうしているうちに、熊の野郎、立ち上がって、攻撃態勢に入りやがってョ。
 立ち上がったら、でかいの何の。
 2メートルは軽くあったね。
 そいつがドワーッと手を振り下ろしてきてよ。
 もう、覚悟決めたよ。

 闘うしかないって。

 最初の熊のパンチをなんとかかわしてさ、オレのこぶしを鼻っ柱に叩き込んでやったさ。
 後はもう無我夢中よ。
 そりゃ何発かは食らったけど、こっちだって何発かは叩き込んでやった。
 気が付いたら、熊が走って逃げていったって訳さ。
 オレはそれを見て、ホッとしたちゅうか、何だか、もぅ、ヘナヘナって感じでさ。
 そん時の傷がホラッ、これよ。

 ・・・ぇ。これっ?

 人間の記憶と言うのは、時間の経過と共に編集され美化されていくものである。
 記憶の中の、ものすごく美しい昔の恋人。写真なんかが出てきて見てみると、「え゛っ。こんなだったっけ。もっと美人だと思ったけどな。」ということが、身に覚えないだろうか。

 熊との決闘の話だって実際は、子熊と出くわして、びっくりして手を振り回して逃げ回った際、手が熊に当たったかも、と言う程度の話なのだろう。
 何度も人に話したりしているうちに、ちょっとずつ話がでかくなって、記憶もどんどんすり替えられ、いつの間にか大武勇伝になってしまったのだ。当人の記憶の中もすり替わっているため、当人は嘘をついているわけではない。素直に記憶の中の物語を話しているだけだ。
 武勇伝なんて、所詮こんなものだ。

 ところで、オレの武勇伝も聞きたい?

 「昔、オレは熊だったんだよ。」

 どうだ。参ったか。あははは。
 

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