武勇伝。まぁ、誰にでもありますわナ、過去の栄光、昔輝いていた自分。
たいていの場合、胡散臭くて、誇大表現が満載で、眉唾な話が多い。そして当人にとっては、ものすごい話のつもりでも、他人が聞けばどうでもよく、くだらなかったりする。
「こう見えても、昔はワルだったんだぜ。」
はいはい。
「昔はブイブイ言わしていたものさ。」
ブイブイって何だよ。言わすって、誰を。
「昔は女を泣かせたものさ。」
はぁ。
「今まで一度も医者にかかったことがない。」
ふーん。
しかし、武勇伝の極めつけは、何と言ってもこれだ。
「熊と素手で戦ったことがある。」
山で芝刈りしてたら、熊とヒョッコリ出くわしちまってョ。
こっちもびっくりしたけど、熊もびっくりしてョ。
お互いに凍りついたまま、目をパチパチって感じよ。
熊に出会ったら死んだフリ、なんて、ありゃムリ。
そんなことしたら、やられちまうって。
走って逃げたって、木に登ったってダメさ。
あいつらときたら、無茶無茶足が速いのよ。木登りだって得意ときたもんだ。
どうする、どうするって、必死に考えたけど、考えたっていい知恵が出るもんじゃない。
そうこうしているうちに、熊の野郎、立ち上がって、攻撃態勢に入りやがってョ。
立ち上がったら、でかいの何の。
2メートルは軽くあったね。
そいつがドワーッと手を振り下ろしてきてよ。
もう、覚悟決めたよ。
闘うしかないって。
最初の熊のパンチをなんとかかわしてさ、オレのこぶしを鼻っ柱に叩き込んでやったさ。
後はもう無我夢中よ。
そりゃ何発かは食らったけど、こっちだって何発かは叩き込んでやった。
気が付いたら、熊が走って逃げていったって訳さ。
オレはそれを見て、ホッとしたちゅうか、何だか、もぅ、ヘナヘナって感じでさ。
そん時の傷がホラッ、これよ。
・・・ぇ。これっ?
人間の記憶と言うのは、時間の経過と共に編集され美化されていくものである。
記憶の中の、ものすごく美しい昔の恋人。写真なんかが出てきて見てみると、「え゛っ。こんなだったっけ。もっと美人だと思ったけどな。」ということが、身に覚えないだろうか。
熊との決闘の話だって実際は、子熊と出くわして、びっくりして手を振り回して逃げ回った際、手が熊に当たったかも、と言う程度の話なのだろう。
何度も人に話したりしているうちに、ちょっとずつ話がでかくなって、記憶もどんどんすり替えられ、いつの間にか大武勇伝になってしまったのだ。当人の記憶の中もすり替わっているため、当人は嘘をついているわけではない。素直に記憶の中の物語を話しているだけだ。
武勇伝なんて、所詮こんなものだ。
ところで、オレの武勇伝も聞きたい?
「昔、オレは熊だったんだよ。」
どうだ。参ったか。あははは。
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